アンサンブル青葉

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Members Voice Backnumber 17…2018(平成30)年7月〜12月

もくじ

7

楽譜の管理

時計

芸に遊ぶ

楽譜フェア

10

合わせる(再び)

アンケート集計

マンドリンを弾く

マンドリンを弾く(その2

8

トレモロ記号

高校野球

合わせる

合わせる(その2

11

早口言葉

正倉院展

青葉区民音楽祭

エリーゼのために

9

TempoはAndante

消費カロリーはジョギング並み

個人的曲目紹介

個人的曲目紹介(その2)

2018年定期演奏会、開催!

12

ピックで変わる音

現代学生事情

時の流れ

メリークリスマス!

楽譜の表情

 

 

第402回 楽譜の管理                                    平成30年77

 

さて、楽譜の管理・配布は大オーケストラから私たちのような小アンサンブルまで、どんな楽団でも関心事です。今回筆者のような臨時にメンバーを集め編成するようなアンサンブルの場合、どうやって譜面を管理しメンバーに間違いなく配布したらいいのでしょうか。

 

当アンサンブル青葉では古い手書き譜をメンバーが手分けして清書し、ネット上の書庫に保管しています。メンバーは指示された楽譜を自分でダウンロードして用意します。新曲(必ずしも新しい曲とは限りませんが)は直接配布することもあります。

 

今回も青葉と同じ方法を取ろうと思いましたが、集まったメンバーの中にはそういうことに不慣れな人もおり、中にはそもそもネット環境にない方もおり、加えて練習当日の譜面紛失・忘れ、パート変更などに備えるとなると、結局原紙を持ち歩いて必要の都度コピーして渡す、というのが最も簡単確実な方法となります。

 

しかし原紙を持ち歩いて都度コピーするのは、やったことのある方はお判りでしょうが、けっこう面倒なものです。そして紙というのは、案外重くかさばるものです。それを自分のパートだけでなくフルパート持ち歩くなんて、考えただけで気が重くなります。

原紙をコンパクトに持ち歩き、必要なものを必要なだけプリントする方法はないものか?と、考えておりましたが、ふとコンビニのコピー機を利用することを思いつき、どうやら解決できそうです。

 

コンビニに必ず設置されているコピー機ですが、今や単なるコピー機の域を超えたマルチ機になっています。スキャナーやファックス、そしてスマホからの写真プリントを利用された方はありませんか?

このマルチ機能の中に、「メディアからのプリント」という機能があります。これを利用するのです。

 

まず楽譜をPDF化しメディア(SDカード、USBメモリー、コンパクトフラッシュ、CD/DVDなど)に保存します。

そして練習場近くのコンビニへ行き、コピー機の「メディアからプリント」…コンビニにより名称が異なります…を選び、画面の指示に従ってメディアをセット。あとは必要な楽譜を選び、枚数指定をしてプリントすればいいのです。

この方法のいいところは、A4の楽譜を2枚並べてA3の紙1枚にしてくれる機能があること。PDF化の際、楽譜サイズをA4に指定してください。今までのように原紙のA4をコピー機のガラス面に並べて…並べる順序を間違えるとえらいことになります…A3にするという面倒はなくなります。

 

まだテストの段階ですが、仮に7曲持ち歩くとして、パート譜が7曲×6種類、1パートが平均2.5枚あったとして140枚近い楽譜(A4の紙1枚は約2g…280gの重量です)を持ち歩くことを考えたら、活用する価値は十分にあります。

楽譜管理にお悩みの皆さん、ぜひご参考に!

 

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第403回 時計                                 平成30年7月14日

 

引き出しを整理していたら時計がたくさん出てきました。う〜ん、なんでこんなにあるんだろう?

 

筆者の初めての時計、それは中学の入学祝いで買ってもらったSeikoのファイブアクタスです。リュウズが4時の位置にあるのが特徴で、今でも中古品で人気があるようです。

かなり長く…就職してからも使いましたが、その頃には頻繁止まるようになり、修理に出したところ「機械がすり減って修理不能」と言われ、泣く泣くクォーツ時計を買ったものです。

 

以来「時計は男性の数少ないおしゃれのうちだ」と言い訳しつつ、いつの間にやら10本ほどの時計が手元にある、という次第です。

さて、それらの時計を見てみると全部が3針式で、デジタルのものはありません。また動作は手巻き・自動巻きのものが4本ほどあり、クォーツ時計と拮抗しています。

 

いまや腕時計は単に時計というだけでなく、情報端末としての機能がついた「ウェアラブル端末」になろうとしているご時世だというのに、どうにも時代錯誤な話です。なんでこんなにこだわるのだろう。

 

それはもしかしたら、あのテレビ番組のせいかもしれません。

当時人気絶頂のヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリンフィルハーモニーの練習がテレビで放映されたのです。

カラヤンとBPOの練習は非公開が原則であり、まして外国のテレビカメラがその場に入る、なんてことはなかった時代です。筆者も固唾をのんで見守っていました。

 

テレビのなかで、カラヤンが思いのほか渋い声でオーケストラに指示を出しています。

「この時計は、クォーツじゃない。昔ながらの時計なんだ…」

カラヤンのタクトに応じて始まった曲は、ハイドンの交響曲101番第2楽章。この交響曲の愛称「時計」の元となった、その楽章です。

低音部が刻む8分の音、あたかも振り子のカチコチをイメージさせるゆったりとした響き。それに乗ってヴァイオリンが奏でるちょっとユーモラスなメロディ。なるほど、当時流行のクォーツ時計ではありません。

 

最近、オイレンブルクのスコアを手に入れました。ハイドンの時代は交響曲といえども編成が単純で、第2楽章は弦5部のほか、木管4部、金管2種とティンパニです。これだけだったら、何とかマンドリン6部に移せるのではないかと考えています。

古い時計のカッチコッチという響きに乗った、あのちょっとユーモラスな響きをぜひ楽しみたいと思っています。

 

 

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第40回 芸に遊ぶ                              平成30年7月21日

 

ふと見かけた本をパラパラとめくっていると、「に遊ぶ」という言葉が眼に入ってきました。

原典は論語の一節、「志於道、拠於徳、依於仁、遊於藝」。藝とは礼樂などすべて文化にかかわることを言い、孔子が人生の最高の境地を託した言葉です。

 

この言葉を好んだ中国文学者の白川静博士は、次のように語っておられました。

「画家は画に遊び、学者は学に遊ぶ。遊ぶとき、人はもっとも無心の境地になり、最も無心なとき人は神に近づくことができる。

一芸に遊んでその一生を終えることができるならば、人生の至福、これに過ぎるものはない」

 

私たちが楽器を弾き合奏をするのは、むろん個人の楽しみのためです。

ただそれを突き詰めていけば、もしかしたら「芸に遊ぶ」境地を垣間見ることができるのではないだろうか?

あるいは、先日亡くなった浅利慶太さんの足元くらいには、たどり着けるのでは…。

謹んでご冥福をお祈りします。

 

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第405回 楽譜フェア                               平成30年7月28日

 

行きつけの楽器屋さんから楽譜フェアのお知らせがあり、さっそく会社帰りに足を運びました。

 

このお店はマンドリン専門店ではなく、普通の楽器屋さんなので、扱う楽譜もピアノ・オーケストラ・吹奏楽が中心です。多いのはやはりピアノ、そしてヴァイオリン。管楽器各種のもの…と続き、筆者がお目当てのセロは少しでした。

フェア会場は40年前のLPレコード売り場の雰囲気、と言えば何となく想像がつくでしょうか、普段は書架に入っている楽譜がダンボール箱に並べられていて、それをLPレコードの如く順に繰りながら目ぼしいタイトルを探していきます。

 

これは…という曲もありました。

例えばサン=サースの「白鳥」。「動物の謝肉祭」のスコアから音は拾いましたが、単独の譜面は持っていません。思わず買おうかと思いましたが、ふと隣を見ると「セロ名曲集」があり、そこに当然載っていたので今回は名曲集をチョイス。

そのほか、バッハのセロソロ曲、フォーレのシシリエンヌをゲットしました。

 

さて自宅に持ち帰り試演してみます。

フォーレは学生時代弾いたことがあるもので、懐かしさでいっぱいです。ただ、やはりうろ覚えのところがあって、細かいところは直さないといけません。

またバッハは「無伴奏セロ組曲」を編曲したもののようで、これはちょっと残念。どうせなら原曲の方がよかった。

名曲集の方はどんな曲が入っているのか、タイトルの横文字を眺めながらワクワクしています。

 

ひとつ困ったことは、たいがいの曲がピアノ伴奏つきだということ。しかも原曲に♭系の曲が多いということです。例えばフォーレはハ短調〜変ホ長調の♭3つです。

マンドリン・マンドセロで弾くならギター伴奏ということになるのでしょうが、ギターの人(学生時代の先輩です)に相談すると、やはり難しいとのこと。ではギターはイ短調で編曲して3カポでどうでしょう?と提案すると、「いや、クラッシック音楽でカポはあり得ない!」と怒られてしまい、なかなか解決がつきません。

いっそのことデュオ奏法をマスターし、完全ソロ曲に編曲すべきか?等と考えています。

 

なかなか楽しめる楽譜フェア、どこかでマンドリン曲のフェアをやってくれないものでしょうかね〜♪

 

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第406回 トレモロ記号                                 平成30年8月4日

 

指揮者の岩城宏之さん(故人)はその著書「楽譜の風景」で、現代音楽作曲家が編み出す独得な奏法(弦を弓で縦に擦る、爪ではじくなど)と、それを指示する新しい符号について苦戦する様を語っています。独得な奏法、それは認めるとしても、その指示は奏者にわかりやすく、記号は(作曲家独自ではなく)統一してほしい、と訴えていました。

 

我がマンドリンの世界ではさすがにそんな独特な記号はないだろう、奏法と言ってもトレモロとピッキングしかないからなあ、と思っていましたが、さて具体的なトレモロの指示についてはどうでしょう。

 

まずオデルを紐解くと、「トレモロはスラーによって表される(譜例1)。但し、スラーの終わりの音に点(注:スタッカート記号)をが付されていればその音はピッキングで奏される(譜例2)。一連の音符がトレモロで奏され、しかも各音符が切って奏される場合は、スラーとともに各音符の上にアクセント記号が置かれる(譜例3)。」とあります。

また、「全音符・二分音符は常にトレモロ、四分・八分音符はテンポの遅い時はトレモロ、早い時はピッキング。それ以上の音符は特段の指示がない限りピッキング」との目安も示されています。

 

 

従って奏者側にある程度トレモロ・ピッキングの自由裁量(?)があるわけで、曲想・テンポ、指揮者等の指示でどちらかにするわけです。そして、トレモロの時はwwのような記号を、またピッキングにはΠvを記入していました(譜例4)。

 

 

しかし、作者の方で厳密にトレモロ・ピッキングの指定をしたい場合、どうなっているのでしょうか。オデルのやり方は守られているのでしょうか。残念ながらそうとは言えません。

 

トレモロ指示にスラーではなく+を使う方がいます。+は本来ホルンのゲシュトップ奏法(ホルンのベルに手を差し込み、弱音効果を出す奏法)を指示するもので、マンドリン音楽ではまず使われない記号です。この方は学生時代ホルン奏者だったそうで、馴染みのある+記号をトレモロ指示に流用したのでしょう。

 

また、トレモロ・ピッキングを書き入れ指示する方もいます。親切なことこの上ないのですが、実は筆者はどうにも苦手です。

トレモロ・ピッキングが変わるたび譜面には見慣れぬ文字が書いてあり、その文字を読み込んで解読しなければならないからです。

慣れればいいのだとは思っても、ピアノ記号・フォルテ記号の様に一般的ではなく、また+記号のように音楽記号として存在しているものでもない。言ってみればその作者独自の記号なのです。そもそもトレモロ指示に独自性を発揮する必要があるのかな?

 

古いオデルに習ってスラーにするか、先人の+記号を踏襲するか。あるいは(たぶん)皆さんが昔から使っている、一般的なwwやΠvを採用してもらえないものでしょうか。トレモロの指示くらい統一したほうが奏者側に余分な負担がかからず、よい「楽譜の風景」が表れると思うのですが。

 

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第407回 高校野球                                    平成30年8月11日

 

第100回を迎えた夏の甲子園大会。猛暑の中、今まさに熱戦が繰り広げられています。

郷里の代表を応援する応援団も力が入ります。高校野球の応援になくてはならないもの…ブラスバンドの応援曲です。

筆者が高校生だったころは、校歌と「かっ飛ばせー」の曲、それにアニメ替え歌の応援歌が2曲ほどあったかな?

それが今や甲子園大会の応援ともなりますと、ブラスバンド全国大会並みの注目度。曲も大きく変わっています。

 

応援曲をよく聞いて見ると、「アフリカンシンフォニー」「サウスポー」「ルパン三世のテーマ」「紅」などがよく演奏されています。

「アフリカンシンフォニー」は原曲が吹奏楽の曲、「サウスポー」は1978年発表のピンクレディーの歌、「ルパン三世のテーマ」は1971年放映の同名アニメのテーマ(テーマ曲としては1978年版が多く使われる)、「紅」はX JAPANが1989年発表したもので、いずれも長く甲子園の舞台で演奏されています。皆さんも一度は耳にしたことがあるのでは?

 

一方、最近あまり耳にしないのが、「狙いうち」「タッチのテーマ」「ポパイ・ザ・セーラマン」「どかーん」などです。

「狙いうち」は1973年の山本リンダの歌。派手な衣装で舞台の上を所狭しと動き回っていた姿は、純真な(?)筆者には強烈な印象。「タッチ」は同名の人気漫画を1985年アニメ化したもので、歌は岩崎良美でした。「どかーん」は1990年真心ブラザーズの歌で、「どかーんと○○やってみよう〜」という歌詞はご記憶にあると思います。

 

これに代わって、最近では「SHOW TIME」(湘南乃風)、「SEE OFF」(BRAHMAN)といった曲や、「サンバ・デ・ジャネイロ」「エル・クンバンチェロ」といったラテン曲が多く聞かれます。

 

こうした変化について専門家は、まず「SHOW TIME」「SEE OFF」は「タッチ」や「サウスポー」と同様のテンポの速いマイナー(短調)であり、懐メロが似た曲調の現代曲に置き換わっていると解説しています。

また、ラテン2曲は、これまでの4分音符を基調としたリズム(例えば、「Wewill Rock You」など)からの変化を目指しているようだといいます。

 

いずれも現代の高校生たちが、「今までとは違うものを」と意気込む姿を反映しているようです。

今年はどんな新しい曲が演奏されるのでしょうか。これからがますます熱くなる甲子園大会。グラウンドだけではなく、応援席も注目してみませんか?

 

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第408回 合わせる                                    平成30年8月18日

 

筆者が参加した、とある演奏会でのこと。共演者のご家族の方(プロのピアノの先生です)が聞きに来てくれまして、「合奏で大切なことは、出演者がリズム(感)を合わせることだ」と感想をいただきました。

う〜ん、このようなご感想をいただいたということは、その曲が芳しくなかったからですね。実際に難曲だったのですが、お客様に聞いていただく以上、言い訳に過ぎません。せっかくご来場いただいた方には申し訳なく思っています。

 

ただ、この「リズム(感)を合わせる」という言葉は、不思議と筆者の中に響いています。確かに私たちが練習として集まって演奏するのは、皆のリズムを合わせためだ、ということになりはしないだろうか。

音楽を形成する3要素は、リズム・旋律・和声だといわれています。その中で、「旋律をもたない音楽や、和声を持たない音楽は容易に考えられるのに対し、リズムを持たない音楽は考えられない―」。作曲家の芥川也寸志氏は、その著書「音楽の基礎」の中で説いています。

筆者の今年のテーマは、したがって「リズム(感)の統一」。このテーマに沿って、青葉の演奏を、そしてお手伝いしている演奏会も仕上げていこうと思っています。

 

「心臓の鼓動に象徴されるように、リズムは生きるもののしるしであり、音楽におけるリズムもまた音楽全体を支配する生き物である。凡庸な演奏の大部分は、リズムの枯渇から生まれ、たんなる文法的なリズム感からは、生き生きとした演奏は生まれない―」 芥川也寸志

 

 

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第409回 合わせる(その2                               平成30年8月25日

 

ところで「合わせる」というと、他にどういうことがあるでしょうか。

パート内で合わせる、他のパートの人と合わせる、合奏で指揮者に合わせる、奏法を…トレモロかピッキングか、Sul TantoかSul Ponteか、…に統一する、等がありますね。

 

ですが、「合わせる」一番のものといえば音の出だしと言えます。特にアインザッツ…フレーズの出だしのことです…がピシッと決まった曲はその後も素晴らしい演奏が期待できますし、これがばらけると曲に締まりがなくなってしまいます。俗にいう「縦の線が合った」音楽は聴いていて気持ちがいいものですし、演奏していてノッてくるものです。

 

さて、筆者はもう一つ「合わせる」楽しみを見つけています。それは低音担当の筆者の音の上に高音部のメロディが載っていくのを楽しむこと。あるいは筆者の音と他の声部の音がきちんと協和して、美しいハーモニーになっているのを聞くことです。他の声部の音を聞き、そこに自分の音をジャストフィットするよう弾き分けていく。半分聖徳太子の気分ですが、実はこれこそが合奏する楽しさである、とさる音楽家の著作にありました。まあ、そこまでの力量はありませんが、自分の音は十分に愉しみたいと思っています。

 

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第410回 TempoはAndante                           平成30年9月1日

 

大変なショックです。会社の健康診断で結果が…。あらゆる数値がダウンしていて、早急な改善を勧告されました。

まず、運動不足の解消。実はこれは、「ながら運動」がもっとも長続きさせるコツなんだそうです。確かに構えてジョギングだ水泳だとやっていたら、その用意をするだけでも面倒ですから。

 

結局、一番手っ取り早いウォーキングは通勤時の一駅ウォーキングでした。会社の一つ手前で降りて、テクテク歩いています。ただ歩くのではあまり効果はないそうで、両手を大きく振って歩くようにすると自然と歩幅も広くなり、勢いよく歩けるようになります。実は最近、通勤かばんをリュックに替えたのですが、おかげで両手がフリーになり、自然に腕が振れるようになりました。

 

さて、ウォーキングだけでは弛んだ腰回りは解消できません。何か適当な運動は…と探したところ、ある本でローイング(ボート漕ぎ)運動が紹介されていて、さっそくトライしています。

 

ローイングは全身運動であり、かつ座って行うので足腰膝に優しい…との触れ込みですが、実際にやってみると結構な運動です。

@                 体育座りをして体はやや前傾、腕を前に突き出す。足と手は、チューブでつなぐ。

A                 「いち」の掛け声に合わせて足は前に伸ばし、肘をひく(ボートのオールをひくイメージ)。

B                 「に」で腕の力を抜き、上体を戻す。

C                 「さん」で足をおなかに引き寄せるように両膝を曲げる。

この@からCの動作を1分間に20回、5分間続けるのをワンセットとし、できれば2セット行うのが理想、と紹介されていました。

 

実際にやってみると、手と足の動きがバラバラでなかなかスムースにいきません。

なにより、「1分間に20回」というのはどういうペースだろう?

 

ちょっと計算してみますと、1分間=60秒に80動作→0.75秒に1動作ですから、これは♩=75。

振り子式メトロノームでAndanteと判明しました。

せっかくですから、ここでもメトロノームのお世話になっております。

 

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第411回 消費カロリーはジョギング並み                          平成30年9月8日

 

さて健康的に減量するには、一日300Kcalを消化していけばよいといいます。そして300Kcalをまとめて消化するのは大変なので小分けに、100Kcalのものを3回やればよい、といいます。100Kcalに相当するものは、例えばウォーキングなら20分、掃除20分。また、食事制限するならばご飯をお茶碗の2/3にするとか、ビールをコップ一杯控えるのに相当するのだそうです。

では、私たちが弾いている楽器の演奏はどうなのだろう?

 

ネットで検索すると、面白い数字が出てきました。

マンドリン演奏をすると、その消費カロリーは0.031Kcal/min/Kg程だそうです。

 

これは、マンドリン演奏には1分間あたり31カロリー消費する。消費カロリーはその人の体重に比例するので、31カロリーに練習時間(分)とその人の体重(Kg)をかけ、1000で割ったものがその練習における消費カロリー(Kcal)になる、ということをあらわしています。もちろん、曲の強弱・テンポによって上下しますので、平均値と思ってください。

例えば体重65Kgの男性がみっちり2時間練習したとすると、その消費カロリーは0.031×120×65=241.8Kcalとなり、これは結構な消費量です。ジョギングなら小一時間にあたります。

 

すると、体重ンKgの筆者が100Kcal消費するには、100Kcal÷体重÷0.031で算出される時間(分)をしっかり練習すればいいことになります。やったあ!

 

他の楽器ではどうでしょうか?

ピアノで0.038、ヴァイオリンで0.044、フルート・クラリネットで0.031、ベースで0.035。

さて、一番消費エネルギーが高い楽器は何でしょう?

それは、和太鼓。大太鼓を大バチで叩く消費カロリーは0.082〜0.104Kcal/min/Kg。ジョギングに相当する運動量です。

 

なお、日常生活での消費カロリーは概ね次のような値です。ご参考までに…

座位安定で0.019、立位安定0.026、車の運転0.03ほど、料理が0.025〜0.04、掃除が0.04〜0.05、ジョギングは速度により0.045〜0.088…などです。

 

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第412回 個人的曲目紹介                               平成30年9月15日

 

2018年定期演奏会まであと2週間です。今回から演奏曲目をご紹介していきます。

といっても、プログラムの先行掲載ではありません。

筆者が練習しながら感じた、個人的・非公式曲目紹介です。まず、第1部の曲から…

 

「魔女の谷」メニケッテイ作曲

魔女と言っても、デッキブラシでデリバリーサービスをする魔女ではありません。魔女とは、本来知ってはならず触れてもならない、恐れおののくものだったのです。

曲はニ短調の不気味な前奏から始まります。それはそんな魔女たちが巣くう禁断の谷に迷い込んでしまったかのようです。聴き手が逃げ惑う中、魔女たちはあの手この手で脅かしてくるのです。

しかし、ついに前方に眩い光が見えてきました。陽の光が差し、魔女は退散しました。ニ長調で祝福のファンファーレが高らかに鳴り響き、曲は終わります。

 

「秋の夕べ」マネンテ作曲

マネンテの小品です。マネンテと言えば、「華燭の祭典」のような大曲を思い浮かべますが、このような佳品も書いています。

3つの部分からなる本曲は、農民の秋、おそらくは収穫祭の情景を描いています。

秋の夕べ、家畜を追って家に帰る人々。家畜の首につけた鈴がからころと鳴りわたる中、仕事終えた農民たちの素朴な歌声が響きます。

教会での祈り。1年の恵みを感謝し、アベ・マリアに祈りがささげられます。

そして、いよいよ収穫祭。陽気な踊りが夜を尽きることなく繰り広げられます。

 

「微風」チェッシー作曲

草原を渡る穏やかな風を描いています。作曲者チェッシーについては、アメリカ人であること以外わかりませんでした。聴き手の皆さんに染み渡るような、穏やかな風を表現できたらと思います。

 

「町の祭典」フィリッパ作曲

町にお祭りがやってくるよ、ほら、ラッパの響きが近づいて来るよ!

その通り、遠くからファンファーレがやってきます、それを待つ気分はワクワクと盛り上がっていきます。そして…町に入るともうお祭りが最高潮! 熱狂した人々、そちこちで踊りの輪が広がっていきます。

ところで、最初のファンファーレはセロのSoliで奏でられます。セロ担当の二人の息の合ったところをお聞き逃しなく!

 

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第413回 個人的曲目紹介(その2)                          平成30年9月22日

 

いよいよ明後日に迫った2018年定期演奏会。

個人的曲目紹介、今回は第2部の曲です。

 

パラフレーズ「赤い靴」石渡 勝作曲

パラフレーズとは、ウィキペディアによれば「元の作品を別のスタイルの文脈の中で改訂・変換すること」とあります。つまり、童謡「赤い靴」をモティーフとして、それに自由な編曲を施した曲だといえます。

作曲者はどんなメッセージをこの曲に込めたのでしょうか。

童謡「赤い靴」は、女の子が船に乗って行ってしまったことしか歌っていません。

まだ幼い少女が、言葉も通じない外国で過ごした波乱万丈な日々。そうした生涯を想像したのでしょうか。

 

「本朝昔噺繪本」中野二郎作曲

本朝、とは日本のこと。

「昔むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました…」で始まる日本の昔話の数々。皆さんはいくつ語れますか?

この曲は、日本人なら誰でも知っているであろう昔話から5編を取り上げ、それをマンドリン音楽化したものです。

物語のどの場面が音楽化されているか、ぜひ想像してみてください。

 

さて、気になる当日のお天気。ここ数日、横浜は雨が続いていますが、当日は薄曇りのようです。お出かけには絶好のチャンス!

当日、みどりアートパークのホールでお目にかかりましょう!

みどりアートパークは、JR横浜線・東急田園都市線・こどもの国線長津田駅下車・徒歩すぐの好立地にあります。

皆さんのご来場を心よりお待ちしています。

 

2018年定期演奏会は無事終演しました。多数のご来場、まことにありがとうございました。

 

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第414回 2018年定期演奏会を開催しました!                    平成30年9月29日

 

振替休日の9月24日、アンサンブル青葉は「2018年定期演奏会」を開演しました。

心配されたお天気も開演時には回復し、それにつれてお客様も続々とご来場くださいました。

演奏会の様子をご披露させていただきます。

 

 

舞台準備中のステージと、チューニングするメンバー。

そこはかとなく緊張感が漂います。

開演時の舞台挨拶。

挨拶をする大倉マヤさん。

今回は司会のほか、「本朝昔噺繪本」ではナレーションをご担当され、たいへんご好評いただきました。

演奏中の舞台下手、マンドリン側

演奏中の舞台上手、ギター側

終演しました。

お客様にご挨拶です♪

退館されるお客様

今回は180名ご来場されました。

誠にありがとうございました。

打上げでくつろぐメンバー。

早くも次回の構想が出ていました。

 

今回は180名という多くのお客様にご来場いただきました。誠にありがとうございました。

また、次回の演奏会でお会いしましょう!

今後ともアンサンブル青葉をよろしくお願いします。

 

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第415回 合わせる(再び)                               平成30年10月6日

 

青葉の演奏会が終わり、他の団体さんへお手伝いに行きます。

他の団体さんに行って一番困ることは、実は指揮者の方の癖なのです。アウフタクトをどの程度とるのか、どのタイミングで音を出すのか。

もちろん打点で発音するのですが、その解釈もいろいろです。ある人は指揮棒が下りきったところだといい、ある人は棒が下りきったのを確認した、少し上がり始めたところだといいます。

そんなこんなで指揮棒をじっと見つめていても、やはり合わないものは合いません。何か、合わせるには別のものがあるのではないか?

 

ふと先日終わった大相撲を思い浮かべました。

相撲は、対戦する両者の呼吸が合わなければ立ち合いができません。

両者が「立ち会うぞ」と息を合わせたとき、「きれいな」立ち合いになります。しかし息が合わないと「待った」になったり、力のない立ち合いになってあっけなく押し出されたりします。

 

音を出すとき、私たちは指揮棒を見て息を詰め、第1拍を発音するとともに息を吐いてはいませんか?それと同じく、指揮者はアウフタクトで息を詰め、第一拍の打点で息を吐いているのではないでしょうか。

そうであれば、指揮者と奏者が同じタイミングで息を詰め、発音と同時に息を吐けば音出しは合うのではないだろうか?

 

私たちが見るべきなのは、指揮棒の先だけではなく指揮者の顔。その息遣いを感じることが必要なのではないか、と考えています

 

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第416回 アンケート集計                                 平成30年10月13日

 

2018年定期演奏会、アンケートの集計結果がまとまりました。

演奏した6曲の順位は、下記の通りです。

 

1位…本朝昔話繪本

2位…町の祭典

3位…魔女の谷

4位…Paraphrase「赤い靴」

5位…微風

6位…秋の夕べ

 

1位になりました「本朝昔話繪本」は、誰もが知っている昔話と音楽とのコラボレーション。お客様に楽しく聞いていただけたと自負しています。また、Paraphrase「赤い靴」もよく知られた童謡が下地となっていて、やはり知っている昔噺、親しみのある曲の人気は高いようです。

 

また、「魔女の谷」「町の祭典」といった曲は、マンドリンオリジナル曲として演奏した方・聞いた方も多いほか、オープニング・1部のエンディングの曲でもあり、お客様の関心を引き付けたようです。

 

今回の演奏会では、曲の構成が図らずもマンドリン発祥の地であるヨーロッパのサウンド、そしてこの日本の調べの対比になりました。どちらもマンドリン音楽の魅力を存分に発揮しています。

アンサンブル青葉は、今後とも楽器本来の響き・美しい和音を求めていきます。

今後ともアンサンブル青葉にご声援をよろしくお願いします。

 

なお、今回の2部の曲Paraphrase「赤い靴」・本朝昔話繪本は、今年の「青葉区民音楽祭」で再演いたします。

2018年定期演奏会にお越しになれなかった方はもちろん、またお聞きになりたい方、ぜひ11月11日、青葉区公会堂へおいで下さい。お待ちしています。

 

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第417回 マンドリンを弾く                                 平成30年10月20日

 

普段セロを弾いている筆者ですが、今度マンドリンを弾くことになりました。いや、知人のコンサートへの助っ人です。

マンドリンを弾くのは学生時代の教則本以来のこと。改めて「小さい!」と感じます。

 

当然譜面はト音記号で書かれていますので、読譜に苦労します。ご存知でしょうが、音の並びはト音記号とヘ音記号ではセンターCを境に対称形になっており、瞬間的にみた音符がヘ音記号の読みになってしまいます。上第一線がどうにもDOに見えるのです。

 

また、弦の細さといったらありません。E線では小指の先が切れるのではないかと思ってしまいます。もっとも、学生時代初めてセロを弾いた時は、C線がまるでミミズのように太く見え、小指で押さえられるのかと思ったものですが。

 

小指の思い出はさておき、一番困惑したのがフレットの狭さです。12フレットあたりですと筆者の指より狭いため、爪を立てるくらいの気持ちで押さえないときれいな音になりません。それも正確に押さえる必要があります。セロはフレットが広いため、ある程度いい加減に…というと語弊がありますが…押さえても何とかなるものだからです。

 

苦労はしますが、楽器の構え方・ピックの選び方、ちょっと触れたフレットの押さえ方など今後の演奏スタイルに大いに寄与しそうです。まずは、演奏を楽しんでいます。

 

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第418回 マンドリンを弾く(その2                            平成30年10月27日

 

教則本以来のマンドリンを弾くことになった筆者ですが、人前で弾いてどうなったか?これが案外好評だったのです。演奏後、何人かから「良かったよ〜」と声をかけてもらいました。

 

これは曲(愛の讃歌)のおかげだと思います。スローテンポ・二分音符が多い編曲でしたので、トレモロ主体にじっくり弾け、楽器本来の音を響かせるということができたように思います。

これが「チャルダッシュ」や「リュスランとリュドミラ序曲」のようにハイペースで細かな動きのある曲でしたら、弾けずに往生していたことでしょう。この2曲のように細かいフレーズを早く正確に弾く、というのは魅力です。筆者の苦手とするところです。

 

そして、適度なテンポで楽器を響かせて弾くのも、また魅力です。マンドリンの特徴であるトレモロの美しさを際立たせてくれます。そういえば今回の演奏会で賛助をしてくれた人が、「久しぶりにトレモロを満喫しました」なんて言っていましたっけ。

 

早弾きもトレモロも、全く別物ではなくて、それぞれがマンドリンの魅力を形作っていくものなのですね。時代・流行り廃りはあっても、きちんと対応していきたいと思います。

 

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第419回 早口言葉                                 平成30年11月3日

 

早弾きの練習をしていると、どういうわけか早口言葉を連想してしまいました。世の中にはいろいろありますね。「東京特許許可局」とか「隣の客はよく柿食う客だ」とか。

 

ところで、ピカソの本名を知っていますか?「パブロ・ピカソ」だろうって?いえいえ、もっと長いのです。

本名は「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・シプリアーノ・デ・ラ・サンテシマ・トリニダット・ルイス・イ・ピカソ」だそうです。あまりに長くて、本人も自分で言えなかったらしいです。

 

そして長い名前、と言えば、落語の「寿限無」。初めての子供が授かった夫婦が住職につけてもらった名前で、

「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝る処に住む処、藪ら柑子の藪柑子、パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーンダイ、グーンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長吉」といいます。

ピカソは自分では言えなかった本名を、落語の世界では両親はもとより近所の悪ガキまですらすらと言っていたのにはたまげます。

 

「寿限無」はアナウンサー志望者の腕ならぬ舌慣らし(?)だそうですが、これも舌慣らしです。

アナウンサーが滑舌の訓練に使っているという『うゐらう(ういろう)売り』、こちらにも是非挑戦してみませんか?

 

うゐらう(ういろう)売り』口上

 

拙者親方と申すは、お立会いのうちにもご存知の方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町をおいでなさるれば、欄干(らんかん)(ばし)虎屋(とらや)(とう)衛門(えもん)、只今は剃髪致して、円斎と名のりまする。

元朝(がんちょう)より、大晦日(おおつごもり)まで、お手に入れまする此の薬は、昔、(ちん)の国の唐人(とうじん)外郎(ういろう)という人、わが(ちょう)へ来たり、(みかど)参内(さんだい)の折から、此の薬を深く籠め置き(こめおき)(もち)ゆる時は一粒(いちりゅう)ずつ、冠のすき間より取り出す。

()って其の名を(とう)(ちん)(こう)と賜わる。即ち文字(もんじ)には「いただき、すく、におい」と書いて「透頂香」と申す。

只今は此の薬、(こと)(ほか)世上(せじょう)(ひろ)まり、(ほうぼう)(にせ)看板(かんばん)()だし、イヤ小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと、色々に申せども、平仮名を以って「うゐらう」と(しる)せしは、親方円斎ばかり。

もしやお立会いの中に、熱海か塔ノ沢へ湯治においでなさるるか、又は伊勢御参宮の折からは、必ず門違いなされまするな、お登りならば右の(かた)、お下りなれば左側、八方が八つ棟、おもてが三つ棟玉堂(ぎょくどう)造り、破風(はふ)には菊に桐のとうの御紋を御赦免有って、系図正しき薬でござる。

 

イヤ最前より家名の自慢ばかり申しても、御存知ない方には、正身の胡椒の丸呑み、白河夜船、さらば一粒食べかけて、其の気見合いをお目にかけましょう。先ずこの薬を、かように一粒舌の上にのせまして腹内(ふくない)へ納めますると、イヤどうも言えぬわ、胃・(しん)・肺・(かん)がすこやかに成りて、薫風(くんぷう)(のんど)より来たり、口中微涼を生ずるが如し、魚・鳥・きのこ・麺類の喰い合わせ、其の外、万病速効あること神の如し。

 

さて、この薬、第一の奇妙には、舌のまわることが銭ごまがはだしで逃げる。ひよっと舌が廻り出すと、矢も楯もたまらぬじゃ。そりゃそりゃ、そりゃそりゃ、まわって来たわ、まわって来るわ、アワヤ(のんど)、サラタナ舌に、カ()、サ歯音(しおん)、ハマの二つは唇の軽重、開口さわやかに、アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲ。

 

一つへぎ、へぎにへぎ干し、はじかみ。盆豆、盆米、盆ごぼう。摘み(たで)、つみ豆、つみ山椒(ざんしょう)書写山(しょしゃざん)(しゃ)僧正(そうじょう)。小米の生噛み、小米の生噛み、こん小米のこなまがみ。襦子(しゅす)・ひじゅす・襦子・(しゅ)(ちん)。親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親かへい子かへい、子かへい親かへい。古栗の木の古切口。

 

雨合羽か、番合羽か。貴様の脚絆も(かわ)(ぎゃ)(はん)。我等が脚絆も(かわ)(ぎゃ)(はん)。しっかわ袴のしっぽころびを、三針はりながにちょと縫うて、縫うて、ちょとぶん出せ。かわら撫子(なでしこ)()石竹(ぜきちく)。のら如来、のら如来、()のら如来に()のら如来。一寸さきのお子仏に、おけつまずきゃるな。(ほそ)(どぶ)にどじょにょろり。

 

京の(なま)(だら)、奈良、生まな(まな)(がつお)、ちょと四五貫目(しごかんめ)。お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ、茶立ちょ、青竹(あおだけ)茶筅(ちゃせん)でお茶ちゃと立ちゃ。

 

来るわ来るわ、何が来る、高野の山のおこけら小僧。狸百匹、箸百(はしひゃく)(ぜん)、天目百ぱい、棒八百本。

 

武具・馬具、武具・馬具()武具(ぶぐ)馬具(ばぐ)、合わせて武具・馬具、()武具(ぶぐ)馬具(ばぐ)

菊・栗、菊・栗、()(きく)(くり)、合わせて菊・栗、()(きく)(くり)麦・ごみ、麦・ごみ、()(むぎ)ごみ、合わせて麦・ごみ、()(むぎ)ごみ。

 

あの長押(なげし)長薙刀(ながなぎなた)は、()が長薙刀ぞ。向こうのごまがらは、()胡麻(ごま)(がら)か、()胡麻(ごま)(がら)か、あれこそ、ほんの()胡麻(ごま)(がら)

 

がらぴい、がらぴい、風車。おきゃがれこぼし、おきゃがれ小法師(こぼうし)、ゆんべもこぼして、又こぼした。たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ。たっぽたっぽ一丁だこ、落ちたら煮て喰お。煮ても焼いても喰われぬ物は、五徳(ごとく)・鉄きゅう、(かな)(ぐま)どうじに、(いし)(くま)石持(いしもち)(とら)(くま)・虎きす。中にも、東寺の羅生門には、茨木童子が、うで五合(ごんごう)つかんでおむしゃる。かの頼光のひざ元去らず。

 

鮒・きんかん・椎茸・定めてごたんな、そば切り・そうめん・うどんが愚鈍な小新(こしん)()()、小棚のこ下の小桶に、こ味噌がこ有るぞ、小杓子こもって、こすくってこよこせ。おっと合点だ、心得たんぼの、川崎・神奈川・程ヶ谷・戸塚は走って行けば、やいと摺りむく、三里ばかりか、藤沢、平塚、おおいそがしや、小磯の宿を七つ起きして、早天そうそう相州小田原とうちん香。

 

隠れござらぬ貴賤(きせん)群衆(ぐんしゅ)の、花のお江戸の花うゐらう。あれ、あの花を見てお心をおやわらぎゃっという。産子(うぶこ)・這う子に至るまで、このうゐらうの御評判、御存知ないとは申されまいまいつぶり、角だせ、棒だせ、ぼうぼうまゆに、うす・杵・すりばち・ばちばちぐゎらぐゎらぐゎらと、羽目を外して今日おいでの何れも様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っぱり、東方世界の薬の元締、薬師如来も上覧(しょうらん)あれと、ホホ、敬って、うゐらうはいらっしゃりませぬか。

(口上終わり)

初めはAndanteで読んでいても、だんだんAcellがかかってくるのは必定です。お試しください。

 

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第420回 正倉院展                                平成30年11月10日

 

奈良・正倉院展を見てきました。

 

70回の節目を数える今年の出品作では、「平螺鈿背八角鏡(へいらでんはいのはっかくきょう)」や「玳瑁螺鈿八角箱(たいまいらでんはっかくのはこ)」、「沈香木画箱(ちんこうもくがのはこ)」といった工芸品に目を奪われます。

1300年前に、かくも精巧な工芸を造ってきた人のたちの技と工夫、それを保存し今日まで伝えてきた人々の努力に、素直に感心します。

 

さて、正倉院御物には実は楽器の類があります。学校の教科書などでは、「螺鈿紫檀五弦琵琶」(螺鈿で装飾された琵琶)などが有名です。

今回の出品は3点でした。

 

磁鼓(じこ)…陶器でできた鼓です。普通鼓といえば木製でしょう。それを焼き物で作ってあるのですから、びっくりです。腰に下げて使ったようですが、かなり重かったのではないでしょうか。陶器の鼓、どんな音がしたのでしょうか。

 

桐木琴(きりのもっきん)…七弦の琴。長さ120cm、幅約18cm。ここに七弦を張る琴ですが、構造が通常の七弦琴と異なるため、通常の楽器ではなく何かの測定具ではないか、という説もあるそうです。

 

新羅琴(しらぎごと)…十二弦の筝。前の桐木琴が琴(()を用いず手で弦を押さえて音程を作るもの)であるのに対し、柱を使うものを「筝」といいます。

これら二つの琴はいずれも木製で、その木肌がそのまま出ている状態ですが、もとは表面には金泥を塗り、裏面には金箔を押した華やかなものだったようです。

 

こうした楽器でどんな曲が演奏されていたのでしょうか。

正倉院宝物には様々な文書も残されていて、8世紀の地方の戸籍から何かの申請書から、その他雑多な文書が残されています。なかには借金の申込書と、それに対しての返済の状況まで事細かに残されているのですが、惜しむらくは楽譜の類は無いようです。当時の人々はどんな曲を、どのように伝え合奏していったのでしょうか。

 

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第421回 青葉区民音楽祭に出演しました                      平成30年11月16日

 

快晴の11月11日、恒例の青葉区民音楽祭が横浜市青葉公会堂で開催され、アンサンブル青葉は、昨年に引き続きステージでの演奏を行いました。

演奏曲は「2018年定期演奏会」で大好評だった「本朝昔噺繪本」を大倉マヤさんのナレーション付きで再演しました。

これまでアンサンブル青葉の音楽とは違う、昔噺の織り成す「和」の世界に会場を埋めたお客様は大満足。暖かい拍手をいただきました。

他の演奏曲は「パラフレーズ赤い靴」、アンコールは「プリンク・プランク・ブルンク」でした。

 

 

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第422回 エリーゼのために                              平成30年11月24日

 

“エリーゼのために”のファクシミリを入手しました。かのベートーベンが恋人のために書いたといわれる佳品です。

なお、“ファクシミリ”とは、ここではベートーベン自筆譜の写真複写のことを指します。

 

初めに見たときは、私たちの良く知っている現行譜と景色があまりにも違っているのでびっくり。200年前の作品であり、紙が茶色く変色しているうえ、インクもかすれてきています。そのうえ、記譜が乱暴で。なにせ、悪筆との定評のある楽聖の直筆譜です。どれほど悪筆かというと、小節線が斜めになっている…ということでお察しください。

 

そのままでは読譜できないので、版元(ボンのベートーベンハウス)では自筆譜を現代譜に書き起こした譜面をつけています。

そこで現行譜とファクシミリ、そして書き起こしの譜面を何度も繰り返し眺めてみます。すると次のようなことが見えてきました。

 

まず、発想記号。現行譜では“Poco moto”…少し動きをつけて、とありますが、ファクシミリにはMolto grazioso…きわめて優美に、となっています。

そして、主題提示部(これは筆者が仮に命名したものです。ロンド形式の本曲の、Aにあたる部分)で、右手のメロディーと左手の伴奏が半拍ずれています。

 

ファクシミリから見て取れるのは、ベートーベンはまず印刷された五線譜にインクで主題提示部を譜例1(=現行譜と同じ)のとおり書きました。そのうえで発想記号にMolto graziosoを、また伴奏部の1拍目に16分休符をそれぞれ書き加える修正をしています。(譜例2)

 

譜例1

譜例2

 

それがなぜ現行譜では最初の譜面に戻ったのでしょうか?

その解説はおそらく付属の解説文に書いてあるのでしょうが、残念ながらドイツ語の解説であり、筆者には現在のところ読めません。

 

無理に想像すれば、何らかの進言があったのかな、ということです。

実はこのファクシミリは完成された譜面ではありません。ロンド形式の各パーツの部分を示したもので、譜面以前の草稿のようなものです。

ベートーベンはこの草稿から、主題部分・変奏部分の並びとつなぎを指示してまとめさせたのではないのでしょうか。つまり、楽譜として完成させたのお弟子さんか写譜屋さんだったのかもしれません。こうした人たちが「譜例1(=原案)の方がいい」と進言するのは、あり得ないことではないでしょう。

筆者は昔この曲を弾いたことがあり、その印象でいえば、現行譜の方が1小節中に音符が澱みなく流れる感じがあってよいと思えます。

 

しかし、この曲の発想記号を“Molto grazioso”にしようとしていた、というのには、ベートーベンらしい一面があるようです。

ベートーベンは、例えば同じピアノ曲では「熱情」「悲愴」第1楽章のような激しい曲を書いていると思えば、「月光」や「悲愴」第2楽章のような美しいメロディーを作曲し、それがまた魅力の一つです。

ベートーベンが“Molto grazioso”に何を込めたかったのか。その心情を思い、より魅力を増して演奏されるのではないかと思えるのです。

 

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第432回 ピックで変わる音                               平成30年12月1日

 

新しいピックで試奏していたときのこと。音は響くのですが、何か軽い…と感じました。低音弦を弾いた時のドスンというような感じ、重量感がないような…。普段使いのピックに戻してみます。すると、いつも重さが感じられました。

「新しいピック」とはマンドリン用のセルのピック、「普段使いのピック」とはべっ甲のものです(「セル」とは、ここではべっ甲製でない、プラスチック製等を総称しています)。

 

べっ甲製のピックを使い続けてきた筆者がセルのピックに興味を持ったのは、青葉の創立10周年の頃です。マンドリン用ピックとしてD社のものが良いと勧められたのがきっかけでした。そのピックを使って「山の印象」冒頭のソロを弾いたものです。その頃から、イケガク等でのピック売り場に目が行くようになりました。

べっ甲のものが良いのはわかっていますが、今や入手困難。少なくとも、筆者が学生時代にセロ用として使っていたような、大きくぶ厚いものは手に入りません。加えて高価です。

これに引き換え、セルのものは各種あるうえ安価です。プロの方でも今やセルのものを使っていると聞きます。この中からべっ甲に匹敵するような性能を持ったピックを見つけ出しておきたい、そんな心持でした。

 

ピックは弦に直接あたり弦を弾く大切な道具です。ピックに必要な要素は、大きさ・持ちやすさと、弦に負けない強さ・そして弾力性です。

大きすぎても小さすぎても良くない。また、持った時滑りやすいと弾きにくくなります。

弾力性とは、楽器を弾くときまずピックが弦にあたり、撓って跳ね返る。このときに弦をはじくわけですが、撓りに腰があればそれだけ強く跳ね返り弦をはじいてくれるので強い音が出せます。このことを指します。

強さとは「弦の太さに負けない」ことです。筆者は時としてマンドリン用のピックでセロを弾きます。マンドリン用ピックでは、合奏の時つい力が入って低音弦を叩くとき、さすがに心もとなく感じることがあります。

 

さて、新しいセルのピックは、冒頭に書きましたように音に重さを感じられませんでした。音が響く、ということは、撓りは十分だということでしょう。すると、弦の重みにまだピックが負けているということです。太い弦にはピックにも重さが必要だということでしょう。

「最近のセロは音に深みがない…」などと論評する人がいます。その人の好みもあるでしょうが、もしかしたらピックの性質が関係しているのかもしれません。腰のない、柔らかなピックで低音弦を弾く人を目にしたこともありますので、案外図星なのかもしれません。

それにしても、これだけマンドリン用として各種ピックが出ているのです。セロ専用を開発してもらえないものでしょうか。優秀なセロ用ピックが開発されれば、セロの魅力をもっともっと引き出せると思うのですが。

 

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第43回 現代学生事情                                平成30年12月8日

 

母校の演奏会へ行ってきました。開演前にバックヤードを激励に覗くと控室へ呼ばれ、イキナリ調弦の手伝いをすることに。

調弦が終わったマンドリンを並べてみます。

 

予備ピックをつけているものが何本かあります。学生さんたちはどんなピックを使っているのかな?

伝統的なべっ甲のピックなのは一人、次期コンマスだけ。中高からマンドリンをやっている人らしいと、感心しました。

残りビックはセルのもの。大多数のひとは、たぶんピックに関しては「べっ甲でなくては…」というようなこだわりがないのでしょう。中にはホームベース型のピックも見かけました。筆者はホームベース型のピックは使ったことがありません。伝統的スタイルのピックとの間に、弾きやすさや音の差があるのでしょうか。

ところで顧問の先生にお尋ねすると、近年軽い音色を好む傾向があるのだとか。スチール弦をべっ甲で弾くと結構強い音が出ます。そうした純イタリア的な音色ではなく、チェンバロのような軽いタッチの音が求められているとおっしゃいます。そういう観点からみると、柔らかいピックが使われるのもわかります。

 

さて、テールピースから弦のエンド側が見えますが、これがまたカラフル。

筆者の現役時代は、ほぼマキシマ(現オプティマ)の赤でした。従ってエンドに見えるのは赤一色だったのですが、いまは赤の他、黒・緑・白とあります。

黒は筆者も使いました。最近マンドリンを買ったのですが、その弦に「赤よりも柔らかい弦を使った方がいい」と勧められて黒を張ってみたのです。心持ちタッチが柔らかく弾けるようになったようです。また、黒は弦を擦ったとき出る「キュッ」という音が出にくくなる、と言われています。緑は使ったことがないのですが、線が六角になっているそうです。

中にはG・D・E線は緑なのにA線だけ赤、という楽器がありました。A線が切れたから急遽赤を張った、という訳ではなさそうです。どんなこだわりがあるのでしょうか。

 

学生マンドリン界は、筆者の認識よりはるかに多様化しているようです。

 

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第434回 時の流れ                                平成30年12月15日

 

友人の演奏会に行き、少しうらやましくなりました。友人は市民オーケストラでバイオリンを弾いています。

 

その演奏会の曲目は、

ハイドン:交響曲第83番「めんどり」第1楽章

ロッシーニ:歌劇「どろぼうかかさぎ」序曲

サン=サース:動物の謝肉祭より「白鳥」

カタローニャ民謡「鳥の歌」

ワーグナー:歌劇「ローエングリン」より第3幕への序曲

J.シュトラウス二世:ワルツ「ウィーンの森の物語」

ストラビンスキー:「火の鳥」1919年版

…と古典から難曲まで幅広いジャンルの曲が並んでいます。そして作曲者・曲とも、音楽に親しむ者なら誰もが知っている名前・曲名です。残念ながら我がマンドリンオーケストラには、まだそのような作曲者・曲は見当たらないでしょう。

 

ふと、作曲者の年代を考えてみました。

ハイドン1732年〜1809年、ロッシーニ1792年〜1868年、サン=サース1835年〜1921年、ワーグナー1813年〜1883年、シュトラウス二世1825年〜1899年、ストラビンスキー1882年〜1971年と、みな18世紀から20世紀にかけて活躍した作曲家です。その作品は時代の洗礼を受けてきたという重み、これがあります。多くの曲が作られ、演奏されてくる中には、時の流れとともに演奏されなくなったものも少なくないでしょう。そうした中で残ってきた曲たちです。

 

マンドリンオーケストラは、国内に関していえば戦後70年に過ぎないといえます。今日の作曲家は、オケで言えば現代音楽に過ぎません。上記の作曲家や曲たちも、発表されたときは現代音楽、必ずしも絶賛を浴びてきたものたちばかりではないでしょう。例えばストラビンスキー。「春の祭典」初演の時の、会場での大騒動は語り草です。それが100年経つうちに名曲と評されるようになる。

 

マンドリンオーケストラで似たような話があります。何かの折にご本人からお聞きしたと記憶しています。「パストラル・ファンタジー」が初演されたとき、藤掛氏はある大御所の方から「きみ、あんな曲を作曲しちゃダメだよ」と言われたとか。それが40年を経過した今、本邦マンドリンオーケストラを代表する曲になりつつあります。

 

マンドリンオーケストラでは、毎年新しい作品が発表されています。その中に必ずや「パストラル・ファンタジー」のように弾き継がれていく曲が出てくるでしょう。この先、10年・20年、そして100年と弾き継がれていったとき、初めて真の評価が定まることでしょう。私たちは発展の途上にいるのです。

 

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第435回 メリークリスマス!                           平成30年12月22日

 

 

…僕は、とにかくクリスマスはめでたいと思うんですよ。親切な気持ちになって人を赦してやり、情けぶかくなる楽しい時節ですよ。男も女もみんな隔てなく心を打明けあって、自分らより目下の者たちを見てもお互いみんなが同じ墓場への旅の道連れだと思って、行き先のちがう赤の他人だと思わないなんて時は、一年の長い暦をめくって行く間にまったくクリスマスの時だけだと思いますよ。

ディケンズ クリスマス・キャロルより

 

 

クリスマスの到来です。皆さん、それぞれにクリスマスを祝っておいででしょう。

筆者のクリスマスの思い出は、小さなクリスマスツリーとビング・クロスビーのクリスマスソングのレコード。

「クリスマス・キャロル」に描かれているのは、親しい間柄の、家族や友人と楽しく語らうクリスマス。ビング・クロスビーが歌うのは、陽気で明るいクリスマスというイメージです。

そしてカソリックの本家イタリアでは、クリスマスは「ナターレ」といい、この時節は静かに家族と共に過ごすのが習慣だとか。

災害が多かった今年、せめて災厄にあった方に心を寄せて過ごしてみたいと思います。

 

May Your Days be Merry and Bright!

 

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