アンサンブル青葉

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第51〜65回

目   次

女性アイドルグループ

青葉区民音楽祭 演奏曲目解説

青葉区民音楽祭に出演

細川ガラシャ

舞台写真のノウハウ

コンサートは

音楽用語のイタリア語

メリークリスマス!

新春のお慶びを申し上げます

歌の力(その2)

譜面の入力

シャンソン

 

 

 

第51回 女性アイドルグループ                     平成23年10月15日

 

今めっきり少なくなったテレビ番組に、歌番組があります。歌謡曲全盛期(というと語弊があるかもしれませんが)新聞のテレビ欄を見ますと、各局が趣向を凝らした歌番組が並んでいたものです。

そんな歌番組の華の一つに「女性アイドルグループ」があります。本日付朝日新聞の「be」に、その「女性アイドルグループ」ランキングが掲載されています。

 

女性アイドルグループって結構たくさんあるのですね。古くは「ザ・ピーナッツ」「キャンディーズ」「ピンク・レディ」といったところから「Speed」や「AKB48」、「おニャン子クラブ」、「モーニング娘。」はたまた「プリンセス・プリンセス」「wink」「あみん」etc、etc。よく知っていたり名前は知っていたり、全く「?」なグループもあったり。皆さんはどれだけわかりますか?

 

さて、ランキングそのものは新聞を見ていただくとして、上位に入ったグループの思い出など…。

 

ザ・ピーナッツ…言わずと知れた元祖デュオ。1959年デビュー、ということは筆者の生まれる前から活躍していた訳です。歌の他、「シャボン玉ホリデー」の司会を長年務めるなど映画・バラエティなど幅広く活躍していました。筆者にとっては、「モノクロテレビに登場する素敵なお姉さん(失礼!)」でありました。

 

キャンディーズ…1973年デビュー、75年の「年下の男の子」でブレイクしました。当時「3人組は成功しない」と言われていたジンクスを見事払拭し、当時の若者に絶大な人気を誇っていました。その人気絶頂期に突然の引退声明。「私たち、普通の女の子に戻りたいんです!!」は当時の流行語ともなりました。

ところでそうした人気が出る前、コントも演じていたのですよ。ご記憶にありませんか?ドリフの「8時ダヨ!全員集合」でレギュラー出演し、番組の中で歌・コントを楽しそうに披露していたのをよ〜く覚えています。

 

ピンク・レディ…1976年デビュー、当時絶大な人気を博したデュオ。キャンディーズがどちらかと言えば若い男性に人気があったのに対し、ピンク・レディは小学生女児などに人気がありました。健康的なお色気ムード、そして振付。当時の子供たちはピンク・レディの振付を踊れるのが当たり前でした。

 

ピンク・レディが人気絶頂だった頃のこと。筆者の通っていた高校では「ダンス発表会」がありました。これは体育の授業の一環として、1・2年の女子生徒がクラス対抗で創作ダンスを発表するというものでした。当然発表前1カ月ほどは練習があり、彼女たちの表情も険しくなります。

さて、発表会当日。1年生9クラスの前半が終り、休憩時間にかかったのはピンク・レディ新曲の「UFO」。それを聴いた女子生徒たち約400名、一人残らず立ち上がり、一斉に「UFO」を踊りだすではありませんか。これにはびっくりしました。それから40年たった今でも、彼女たちは皆ピンク・レディを踊れます!!

 

「女性アイドルグループ」、今活動しているグループ、解散してしまったグループ、再結成したグループなどあります。彼女らのますますの活躍を期待します。

 

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第52回 青葉区民音楽祭 演奏曲目解説その1              平成23年10月22日

 

さあ、もうすぐ青葉区民音楽祭です。

今週から3回に亘って、音楽祭演奏曲をご紹介しようと思います。どうぞお付き合いのほどを。

 

ミュージカル「学生王子」より「セレナーデ」

 

学生王子(Student Prince)」はウィルヘルム・マイヤー=フェルスターの戯曲「アルト・ハイデルベルク」を1924年にミュージカル化した作品です。台本・作詞はドロシー・トネリー、作曲はシグムンド・ローンバーグ。

 

習わしに従い、1年間の学生生活を送ることになったカールスブルク大公国の王子、カール・ハインリヒ。ハイデルベルクの下宿へ着いたカールを、詩を暗唱して出迎えたのはケティーでした。

ハイデルベルクでの第1夜。寝付けないまま庭を散策し、そこにケティーの姿を見つけたカールは、自分の胸の内をこのセレナーデに託したのでした。

 

このミュージカルは公開されて以来、608回のノングランを続け、ローンバーグの作品の最高のヒット作となりました。また、1928年と1954年の2度映画化されました。

特に1954年の映画が我が国で公開された時は、ちょうど皇太子殿下(今上天皇陛下)ご成婚のニュースが話題となっていた時期。そこで邦題は「皇太子の初恋」として公開されました。

 

余談ですが、筆者にはどうも「学生王子」という題がいささか物足りません。ここは原題の「アルト・ハイデルベルク」か、この「皇太子の初恋」という題の方がふさわしいように思うのですが…。

 

曲はセレナーデにふさわしく、ギターのゆったりとした前奏から始まり、カールのケティーへの思いがマンドラそしてマンドリンで歌われます。その後の転調はカールの不安な心を表しているようです。しかし、すぐに迷いを振り払ったカール。その決意を力強く歌いあげて曲は終わります。

(続く)

 

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第53回 青葉区民音楽祭 演奏曲目解説その2              平成23年10月29日

 

ミュージカル名曲集(中川信良編)

せっかくミュージカルの名曲からスタートするのですから、今少しミュージカル音楽をお楽しみください。

中川先生の編曲による名曲集。あの曲をメドレーでお楽しみください。

 

「マイ・フェア・レディ」より「踊り明かそう」

 

1956年ブロードウェイ初演、6年6カ月のロングランとなった大ヒットミュージカルのこれまた有名曲です。また、ドイツ・オーストリアでは特に人気のあるミュージカルです。

原作はジョージ・バーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」、脚本・作詞アラン・ジェイ・ラーナー、作曲はフレデリック・ロウ。

 

主役のイライザ役は、初演はジュリー・アンドリュースが、わが国では江利チエミ、上月晃、雪村いずみ、栗原小巻らが演じましたが、何といっても大地真央でしょう。彼女は1990年から2010年までなんと20年間イライザ役を演じ続けています。

 

「南太平洋」より「魅惑の宵」

 

1949年初演のミュージカル。原作はジェームス・ミッチナーの小説「南太平洋物語」。作曲はリチャード・ロジャース、脚本・作詞オスカー・ハマースタイン2世

 

第2次大戦さなかの南太平洋のある島。ここの農園主ベックと海軍の看護婦ネリーとの恋を戦争の悲劇を絡めて描いています。この曲はベックとネリーが出会ったとき、ベックによって歌われています。

 

「王様とわたし」より「Shall We Dance?」

 

え〜某ビールのCMソングでもなければ、役所広司やリチャード・ギア主演の「Shall we ダンス?」でもありません。

1951年初演のミュージカル、というより1956年映画化でのデボラ・カーとユル・ブリンナーの姿の方が知られているかもしれません。

 

19世紀、シャム(現在のタイ)王室の家庭教師として迎えられたイギリス人アンナ。彼女は封建的なシャム王室に近代の風を持ち込もうとして、伝統としきたりを重んじるシャム国王と対立してしまいます。しかし、対立を繰り返すうち、二人は次第にひかれ合うようになっていくのでした。

 

原作は1946年の映画「アンナとシャム王」、脚本アーネスト・レーマン、音楽はリチャード・ロジャースとオスカー・ハマーシュタイン2世のコンビです。

 

「屋根の上のバイオリン弾き」より「サンライズ・サンセット」

 

1964年初演のミュージカル。帝政ロシア領シュテットルに暮らすユダヤ教徒テヴィエ一家の生活を描いています。原作はショーレム・アレイヘムの短編「牛乳屋テヴィエ」、脚本ジョゼフ・スタイン、作詞シェルダン・ハーニック、作曲ジェリー・ボック。

 

題名の「屋根の上のバイオリン弾き」は、その昔ユダヤ人迫害があった時、逃げ惑う群衆の中でひとり屋根の上でバイオリンを弾く男がいた、という故事にちなんだもので、ユダヤ人の不屈の魂の象徴となっています。

 

本邦での初演は1967年。主役のテヴィエを森繁久彌が1986年まで900回にわたって演じ、森繁の代表作の一つとなりました。

 

「サウンド・オブ・ミュージック」より「ドレミの歌」

 

「えっ、童謡か何かではないの?」…たしかに小さい頃、音楽の授業で習ったような覚えがありますが、オリジナルはミュージカル・ナンバーです。

ナチスから逃れて故国を離れる一家の実話、「トラップ・ファミリー合唱団物語」を原作に1959年に初演されました。1965年にはジュリー・アンドリュース、クリストファー・プラマーの主演で映画化されています。こちらをご覧になった方も多いでしょう。

 

この歌(原題は「Do−re−me」)は、厳格なトラップ家に家庭教師としてやってきたマリアが、トラップ家の子供たちに歌を教える場面で歌われます。

日本語歌詞にはいくつかありますが、もっともよく知られている歌詞は、ペギー葉山さんによるもの。これがNHKの「みんなの歌」でも紹介され、音楽の教科書にも掲載されるようになりました。

 

音楽はリチャード・ロジャースとオスカー・ハマーシュタイン2世のコンビ。ハマーシュタインはブロードウェイ初演中の1960年逝去し、これがロジャース&ハマーシュタインコンビの最後の作品となりました。

 

「キャッツ」より「メモリー」

 

登場人物(?)が全て猫、という型破りなミュージカル、キャッツ。1981年ロンドンで初演、1983年トニー賞10部門のうち7部門を受賞した大ヒットミュージカルです。

原作はT・S・エリオットの詩集「キャッツ−ポッサムおじさんの猫とつき合う法」、作曲はアンドリュー・ロイド=ウェバー、作詞・脚本はロイド=ウェバーとトレヴァー・ナン。

 

「メモリー」は劇中、娼婦猫グリザベラによって歌われます。

詩集「キャッツ−ポッサムおじさんの猫とつき合う法」には様々な猫たちが語られていますが、グリザベラは登場していません。「娼婦猫グリザべラ」は、実は未完の詩でした。

「キャッツ」のミュージカル化にあたり、ロイド=ウェバーはエリオット未亡人からこの「娼婦猫グリザベラ」の提供を受け、ストーリーに加えることにしました。そしてこのグリザベラの一編は、キャッツのストーリーに一層の深みを与えることになりました。今日のロングランに至るドラマが、ここに完成したのです。

 

「ウエスト・サイド物語」より「トゥナイト」

 

1957年初演。シェークスピアの「ロミオとジュリエット」から着想し、人種抗争の犠牲となるマリアとトニーの2日間の恋と死を描いた作品。1961年に同名で映画化されました。脚本はアーサー・ローレンツ、作詞スティーブン・ソンドハイム、作曲レナード・バーンスタイン。

 

ミュージカルは初演732回公演、そののちも各地各国で公演が続けられています。また、映画は同年のアカデミー賞10部門受賞、本邦では1961年の封切りから1963年まで実に509日のロングラン上映となった作品です。

このミュージカル(映画も含めて)が当時の若者に与えた影響は大きかったようです。例えば、石ノ森章太郎はマンガ「サイボーグ009」のオープニングで「ウエスト・サイド物語」そっくりの場面を描いています。

 

曲は、ジェッツとシャークスという二つのグループが決闘へ向かう場面で歌われます。登場人物たちのそれぞれの思いを「トゥナイト」1つのメロディーにのせて歌います。あるものはこれからの決闘を、またあるものは決闘後のデートを、そして主人公の二人、マリアとトニーは明日の再会を、それぞれに思って歌いあげています。

(続く)

 

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第54回 青葉区民音楽祭 演奏曲目解説その3               平成23年11月5日

 

ローレライ・パラフレーズ

 

「パラフレーズ」とは、オリジナルとなる別の曲の全体的な構造を自分の作品に持ち込む引用方法のこと。ラニエリは誰もが知っているジヒャールの「ローレライ」をもとに、ラインの流れを描き出しました。それがこの曲、「ローレライ・パラフレーズ」です。

 

ライン川はスイスアルプスに源を発し、ドイツ・フランス国境を形作ったのちドイツ国内を流れ、やがてオランダを経て北海に注ぐ全長1233キロの大河です。そのうち698キロが流れるドイツでは、人々は親しみを込めて「Vater Rhein=父なるライン」と呼んでいます。

 

曲は低音部の序奏から始まり、その向こうにラインの流れが姿を見せて来ます。様々に姿を変え流れるライン川。ある時はゆったりと、あるときは滔々と流れ、またローレライの奇岩を思わせる急流となり、やがて夕陽の向こうに静かに消えてゆく…。

どうぞ僅かの間ですが、ライン川の船旅をお楽しみください。

 

ビア樽ポルカ

 

ポルカとは、19世紀初め起こったチェコの民族舞踊。早い2拍子のリズムが特徴です。しかしヨハン・シュトラウス(T世・U世とも)やチャイコフスキーもポルカを手掛けており、その意味では音楽形式のひとつと考えられなくはないでしょう。

 

さて、「ビア樽ポルカ」は1929年ヤミノール・ヴェィヴォダにより作曲されましたが、何とそのときは曲名がなく、初演の地にちなんで「モトジャニーのポルカ」と呼ばれていました。

その後出版社がチェコ語の、そして英語の歌詞をつけて楽譜を出版。

この英語歌詞の出だしが「樽のお蔵出しだ…(Roll out the barrel…)」であり、この歌詞にちなんで「ピア樽ポルカ」と呼ばれるようになり、世界的に有名な曲になったのです(ドイツ語圏では「ロザムンデ・ポルカ」と呼ばれています)。

アンサンブル青葉のステージの最後を飾る、軽快なポルカのリズムをお楽しみください。

(終わり)

 

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第55回 青葉区民音楽祭に出演                      平成23年11月20日

 

快晴の11月13日、「第18回 青葉区民音楽祭」が開催されました。

青葉区内で活動する8団体が参加。それぞれの特色を生かした演奏を披露しあいました。

アンサンブル青葉は3番目に登場。満員のお客様の前に、まず「学生王子のセレナーデ」でマンドリンの繊細な響きを、「ミュージカル名曲集」で名曲の数々をメドレーで楽しんでいただきました。

「ローレライ・パラフレーズ」ではメンバーの息のあった合奏を披露。最後の「ビア樽ポルカ」では会場の皆さんから大きな手拍子が!!和気藹々とした中でステージを終わりました。

 

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青葉区民音楽祭で演奏するアンサンブル青葉のメンバーです

 

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第56回 細川ガラシャ                         平成23年11月27日

 

およそわが国のマンドリンオーケストラに携わる人で、この曲を知らない人はいないでしょう。この曲を聴いてマンドリンを志した方も多いのではないでしょうか。

また一般の、マンドリンをご存じない方でも、この曲はなんの違和感なく受け入れてもらえるでしょう。

 

最近賛助出演した演奏会で、この曲を演奏しました。いや、むしろこの曲を弾くために出演したようなものです。

演奏会で弾くのは、学生時代以来です。改めて譜面を見ればうろ覚えの音が違っていたり、学生の時は苦もなく弾けたフレーズにひっかかったりで大分苦労しました。

おかげ様で、本番では多くのお客様から熱い声援を頂くことができました。

 

普段の青葉とは違って、大人数・フル編成で奏するマンドリンオーケストラの魅力。

これもまた楽しいものでした。

 

 

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第57回 舞台写真のノウハウ                       平成23年12月3日

 

先日、演奏会の写真撮影を頼まれました。頼んできたのは学生時代以来の先輩。開演前の楽屋・舞台袖で各パートの集合写真と、アンコール曲の演奏中の写真を撮ってほしい、とのこと。

長い付き合いの先輩からの依頼。よろこんでお手伝いに行き、かなりな枚数をとりました。幸い一般楽団員の方からも好評だったようでほっとしています。

皆さんも演奏会での写真、撮ったり撮られたりする機会があると思います。そこで、筆者の撮影のノウハウを公開しましょう。

 

事前準備しましょう

どのような写真が欲しいのか、打合せしておく。これによって撮影機材が変わります。

スタッフ用IDカード・当日進行表を忘れずにもらっておきましょう。

 

使用機材は何を使いますか?

デジタル一眼レフ(ただしミラーレスでないもの)がベスト。交換レンズが豊富である、撮影感度が簡単に変更でき、光学ファインダーがあるなどメリットが大きい。

外付けのストロボと、演奏風景を撮るなら明るい望遠レンズに三脚も必要です。

 

演奏会当日は

あなたは撮影スタッフです。

開演1時間以上前、できればリハーサルの時から会場へ出向きましょう。

 

楽屋・舞台袖・客席等を見て回り、どこからどのように撮るか決めておきます。

この時、一般のお客様の邪魔・迷惑にならないよう気をつけます。

特に三脚を使うときはお客様に邪魔にならない場所に位置決めをし、立てておきます(俗に「ケバ打ち」といいます)

デジカメで大切なのは、「色温度」の設定です。ストロボが使えない舞台の撮影には必須です。試し撮りをして、最適な色温度を設定しましょう。

 

 

撮影の実際は

会場に着く前から撮影は始まっています。

会場外観・「第○回定期演奏会」といった看板や花束などもどしどし撮りましょう。

 

会場に着いたら、まず挨拶。主催者・楽団員の方はもちろん、会場の人や他のスタッフにも明るく挨拶。このときカメラを持ってまわること。こうすれば、自分が何者で、どんな用事でここにいるのか皆に納得してもらえます。当然IDカードは見えるように着けておきましょう。

 

楽屋・舞台袖で楽団員の方を撮るときは気をつけましょう。皆さんもそうだと思いますが、開演前はとにかく緊張し集中したい時です。

自分の姿を見せながらさりげなく近づき、楽団員の方の様子を見たうえで、一声かけてから撮りましょう。カメラの設定はフルオート。素早く撮りましょう。撮影を断られたら「失礼しました」とすぐに離れましょう。

こちらが気をつけていることがわかってもらえれば、逆に楽団員の方から「撮ってください!!」と声がかかるようになります。

また、楽団員以外のスタッフの方(受付担当・花束受付担当など)も撮ってあげましょう。

とにかく、何にでもカメラを向けたくさんシャッターを切ることです。

 

演奏中の写真を撮るコツ

基本的に、当たり前ですが演奏中は撮影しません。

終演後のカーテンコールの時などになります。(今回は「アンコール曲の演奏風景を撮ってくれ」と希望があり、撮りました)

 

ストロボは発光禁止。背面の液晶モニターもOFFにしてください。

撮影感度はISO1600(以上)にセット。カメラは三脚に据え、望遠レンズをセット(会場の広さによりますが、客席後方から撮る場合は、35mm換算で200mm以上のレンズは必要です)。先ほど確認した「色温度」の設定を忘れずに。

 

演奏中にシャッターを切る時ですが、曲がフォルティシモであっても客席は静かなものです。ましてシャッター音は周囲に響きます。カメラの上に吸音材(タオルなどでOK)を置くなど、気を配ってください。

 

演奏者全員を撮りましたか?

カーテンコールでは、指揮者が賛助の方や各パートの方を順番に立たせることがよくあります。指揮者の動きをよく見て、立っている人を取り逃がさないようにしましょう。

また、花束贈呈などのセレモニーも忘れずに撮りましょう。

 

撮影後は

出来るだけ早く相手に渡してあげましょう。

撮った枚数は多いはずなので、CDやDVDに焼いてあげるのがいいでしょう。

写真のうまい下手は別として、喜んでもらえること請け合いです。

 

 

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第58回 コンサートは                         平成23年12月10日

 

コンサート本番は、聞く人にとっては長くも短くもありますが、やる方、つまり私たちにとっては「とても短い」ものです。

僅か2〜3時間の本番のため、どれだけのエネルギーが惜しみなく注がれたことでしょう。

 

準備に半年から1年。あれこれ選曲し、構成を考え、会場の抽選に臨み、練習会場の確保に駆け回り、配られた譜面に仰天し、音を拾ってしかし合奏では全く弾けず、そのうち何となく曲になってゆき、ようやくまとまってきたと思ったらもう本番。

舞台袖で予ベルを聞き、本ベルで入場してお客様の多い少ないに一喜一憂、そして指揮者が登壇して…。

あっという間にメイン曲そしてアンコール。

 

そして私たちは、飽くことなくまた次のコンサートの準備に入っていく。なぜでしょう?

 

それはきっと、私たちがみな、コンサートが好きだからなのです。

 

選曲の悩みも、会場の確保も苦労の内。仰天した楽譜から音を拾い、弾けた嬉しさ。合奏で乗れなかった曲に自分の音が載っていく嬉しさ。そして何よりみんなで曲を作り上げていく楽しさを私たちは知っています。

リハーサルで誰もいなかった客席が埋まってゆく嬉しさ。本ベルとともに客席の灯りが消え、舞台にあたる照明の熱さまぶしさ。指揮者を待つ間の緊張感。そして指揮棒が振りおろされ曲を演奏する、このときの充実感。

私たちはこういったこと全てが、大好きなのです。

 

「コンサートは私の一生の楽しみなのです」 セルゲイ・ラフマニノフ

 

これから本番を迎える方に、そして次回のコンサートに向かって歩きだした方にも、この言葉を捧げます。

 

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第59回 音楽用語のイタリア語                     平成23年12月17日

 

皆さんよくご存じのとおり、音楽用語は(主に)イタリア語です。

ちょっと思いついただけでもAllegro, Moderate, rit., accle, forte, piano, dolcecantabileなどなどありますが、これらはみなイタリア語からきています。

 

先日面白い本を見つけました。

 

『音楽用語のイタリア語』森田 学著:三修社刊 ISBN 978-4-384-04430-0

 

音楽用語となったイタリア語の、元の意味と用例が解説されています。

例えば「アレグロ」は「陽気な、快活な」、モデラートは「節度ある」という意味。そこから速度を表す意味に転じてきたものです。

 

作家の意図は音符によって表されるわけですが、音符で表しきれないニュアンスは文字によって示されるわけです。その意味を知ることは、私たちの演奏にきっと役に立つでしょう。

例えばritardando ( rit. )には「だんだん演奏速度を遅らせる」という意味がありますが、ほとんど同義語としてallargando ( allarg. )rallentando ( rall. )もあります。私たちはまず同一視しているでしょう。

 

しかし、実はこの3つは微妙に違うニュアンスがあります。

allargando ( allarg. ) 「演奏速度を徐々に緩める」

rallentando ( rall. )  「演奏速度を少しずつ遅くする」…となります(前掲書より)。

 

もし私たちが、この微妙なニュアンスを承知して弾き分けることができたなら…表現の幅が今よりもっと広くなる、と思いませんか?

 

まあそんな大げさ(?)ことは置いておいて、単純に読み物として面白いものです。

興味のある方、ご一読をお勧めします。

 

 

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第60回 メリークリスマス!                      平成23年12月24日

 

今日はクリスマス・イブ。皆さんきっとご家族やご友人と楽しく過ごされることでしょう。

クリスマスはイタリアでは「ナターレ(Natale)」といいます。

 

ナターレについて、イタリア料理のシェフ、落合務さんはこんな思い出を書かれています。

単身イタリアに渡り、リストランテで修業に明け暮れていた落合さん。明日からナターレという日、落合さんはシェフから「明日はどうするんだ?」と聞かれました。一人で過ごすつもりだと答えると、「じゃあ、うちへ来るか?」と誘われ、シェフの家で暖かなひと時を過ごしました。

 

イタリアでは、Natale con i tuoi, capo d`anno con chi vuio(クリスマスは家族と、新年はお好きな人と)というくらい、ナターレは家族・身内が集まり、静かに過ごすのが習慣。このような時に他人が来るのは、実はとてもまれなことだったのです。

遠い日本からやってきてイタリア料理に打ち込む落合さんに、シェフとシェフの家族がくれた大きなクリスマス・プレゼントとなったのです。

 

季節は寒さを増しています。皆さまにとって心豊かな、暖かなクリスマスになりますように!

 

 

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第61回 新春のお慶びを申し上げます                    平成24年1月1日

 

昨年は大変お世話になりありがとうございました。

皆様にはお健やかに初春をお迎えと存じます。

 

アンサンブル青葉は、2002年発足以来、紆余曲折はありましたが、メンバーの皆様の情熱と努力に加え、ご家族の多大なるご協力、関連諸団体の皆様のご指導、ご鞭撻により10年目を迎えることができました。

 

『飛龍のごとく』とは行かないまでも、2012年のアンサンブル青葉は、「10周年記念コンサート」開催を控え、一歩一歩確実に、マンドリン・ギターアンサンブルの充実と向上を目指すと共に、2011年の日本に何が起こったかを決して忘れずに活動していきたいと思います。

 

最後に、皆様のご健康とますますのご活躍をお祈り申し上げます。

 

アンサンブル青葉代表 釜崎 信治 

 

 

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第62回 歌の力(その2)                         平成24年1月7日

 

年末の紅白歌合戦、ご覧になりましたか?

今回は、大震災復興応援の曲が目立ちました。

被災地に縁のある…出身地である、知人がいる、好きな土地だ、支援をしてきた…歌い手の皆さんが披露する曲の数々。会場のNHKホールから、スタジオから、海外から、被災地から、歌うスタイルは様々でも、歌い手の被災地に対する熱い思いが伝わってきて、涙が出そうでした。歌というものは、こんなにも人の心を響かせるものなのですね。

 

私たちは、声の代わりに楽器で歌います。今年、私たちの歌声が素晴らしいハーモニーとなり、たくさんの人々の心に響きますよう、祈ってやみません。

 

 

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第63回 譜面の入力                           平成24年1月15日

 

暮れに押入れを整理していましたら、学生時代のスコアが出てきました(「ペルシャの市場にて」ケテルビー作曲)。ちょっと面白そうなので配ることにしました。

 

今は手書きの譜面は流行りません。各社から楽譜製作ソフトが出回っていますので、素人でもキレイな楽譜が作れます。

しかし、この入力作業が手間でした。

 

まず、一音一音確認して入力しなければなりません。これはパソコンの得意とするコピー&ペーストを駆使して、何とか省力入力できました。

入力したものは、チェックします。元譜とPC画面を見比べ正しく入力されているかどうか見るのはもちろん、ソフトのプレイバック機能を使って演奏し、変な音がないか確認します。聞いてみて違和感があったら、そこをよく見て、入力ミスではないか、あるいは記譜上の誤りではないか確認していきます。

 

また今回の譜面は強弱・テンポ・曲想といったものが殆ど書いてなかったので、オーケストラ譜を参考に描き加えることにしました。

すると、原曲と異なる箇所…楽器構成はもちろんですが、転調されていたり、原曲にないリズムがあったり、音域がかわっていたり…がいくつもあって、さてどうしようかと考えることしばし。この作業に一番時間がかかりました。

今回は図らずもマンドリン編曲の面白さ・難しさを感じることができました。

 

 

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第64回                                平成24年121

 

東京では乾燥注意報が出続けた、と思いきや一転して雪となりました。

北海道・東北・新潟・北陸地方など日本海側では大雪となっています。雪国にお住まいの方々のご苦労が偲ばれます。

 

雪は様々な形で生活に影響します。筆者も大変な思いをしたことがあります。車で農道を走っていたら吹きだまりに乗り上げてしまい、にっちもさっちもいかなくなりました。折悪しく吹雪の夜のこと、車外に出るのもままならずさあどうしよう…。と、そこへ地元の農家の方がトラクターで救援に来て下さり、事なきを得ることができました。富良野でのことでしたので、「北の国から」を地でいったと、今ではよき思い出ですが…。

 

しかし雪国の方々は、様々な形で雪(と氷)を楽しんでもいます。

スキー・スケートといったウインタースポーツの数々、さっぽろ雪まつりに代表される各種イベント、凍った湖に穴をあけて釣るワカサギ・チカ釣りなど、雪を受け入れ雪と向きあって前向きに過ごしています。

 

さて、マンドリン音楽で「雪」といえば…鈴木静一の「雪の造形」とラビトラーノの「Nieves(雪)」の2曲が双璧ではないでしょうか。

「雪の造形」では第1楽章がお気に入りです。目の前に広がる凍てついた荒野。低い雲から、ついに雪が舞い降りてくる。深々と、強く、弱く降りしきる様が浮かんできます。

そして「Nieves(雪)」では、中間部、イ長調Andanteの譬えようもない静けさ、美しさが好きです。描かれたのは、おそらくは月の光に照らされた一面の銀世界。広大な大地と、低い森と、遠くの山々のシルエット。そして夜空に輝く星が目に浮かんでくるようです。

 

暦は大寒。今しばらくはこの寒さが続くようです。ご自愛のうえ、ぜひこの寒さを楽しんでください。

 

 

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第65回 シャンソン                           平成24年1月28日

 

楽器屋でシャンソン歌集が目にとまりました。手にとってみると懐かしい曲の数々。「家へ帰るのが怖い」「サン・トワ・マミー」「ラスト・ダンスは私に」そして「愛の賛歌」など、思わず購入してしまいました。

筆者にとってシャンソンは、こーちゃんこと越路吹雪さんのことです。母親がこーちゃんの大ファンで、レコードがよくかかっていました。それを聞くうち、ファンになったようなものです(先にあげた曲は、みんな越路吹雪さんの持ち歌ですね)。

 

ところでこの曲集をマンドリンで弾いてみようとして、面食らったのはその調です。ハ長調の曲なぞありはしません。

「愛の賛歌」は変ホ調(♭3つ)、「ライト・ダンスは私に」は変イ調(♭4つ)、「家へ帰るのが怖い」と「サン・トワ・マミー」は変ニ調(♭5つ)です。♭なぞ見ただけでも苦手なのに、それが3つも4つもついていたら…読譜にも一苦労です。

そこでまず調号を無視して…例えば「愛の賛歌」はニ調にして弾いてみました。そうするだけで、格段に弾きやすくなり、音も澄んだ、張りのある音になります。

 

でも我慢して原調で弾いてみますと、確かに音は若干くすみますが、それが何となく洒落た感じ…あ、これがシャンソンか?と感じたのです(皆さんも試してみてください) 。

考えてみるとニ調と変ニ調、あるいは変ホ調との差は、フレット一つ、ずらすだけです。それに気づくと同時に、♯、♭への苦手意識が少し和らいだようです。言って見れば、♯・♭は基音からフレットいくつずらすか、という指示。原調が難しいから…といって安易に転調したりせず、その調の響きを楽しんでいきたいと思います。

 

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